プロサバンナ事業とは

プロサバンナ(ProSAVANA)事業とは2009年から開始された、JICA(独立行政法人 国際協力機構)による「日本・ブラジル・モザンビーク三角協力による熱帯サバンナ農業開発プログラム」を示します(以下「プロサバンナ事業」)

三角協力

「プロサバンナ事業」は、モザンビーク3州(ナンプーラ州、ニアッサ州、ザンベジア州)の1066万haの土地を対象とした総予算約270億円の農業開発プログラムです。2009年の合意当初は、モザンビーク北部のナカラ回廊沿いの内陸地帯に、日本・ブラジルをはじめとする海外から投資を呼び込み、世界の一大穀倉地帯に変貌させようという野心的な事業でした。主なターゲットとされたのが、アジア市場向けの輸出用大豆や穀物の商業栽培でした。

モザンビーク地図 地図解説

90%以上の大豆を輸入に頼る日本にとって、大豆生産地の多様化は常に課題となっていました。2007-2008年の世界的な食料価格の高騰を受けて、安定的かつ確実に大豆をはじめとする穀物の安定供給を狙った日本にとって、ブラジルと組んでアフリカに進出する本事業は、大変重要な意味を持っていました。

プロサバンナ事業のモデル
「ブラジル・セラード農業協力」

「プロサバンナ事業」は、1970年末から日本の支援で進めたセラード農業開発協力計画(プロデセール/PRODECER)をモデルとしており、日本がブラジル政府との間で合意し「セラードの成功をアフリカへ」という掛声で始まったものでした。日本では、PRODECERは不毛の大地であったセラード地帯を世界有数の一大大豆生産地に変貌させたとして評価されていますが、現地ではこの大規模農業開発がもたらした「負の遺産」(伝統的コミュニティからの土地収奪、大規模な森林破壊、世界有数の固有種を含む生物多様性の破壊、地下水と河川の水の大量使用による水の枯渇、モノカルチャー栽培による土壌流出、化学物質の多投入による水質・環境・人体汚染など)が、問題を生み続けています。

これらの問題や批判の声を無視する形で「プロサバンナ事業」が立ち上げられたのです。

事業地・モザンビーク北部

ブラジルのセラードが、決して「不毛の大地」などではなかったように、モザンビーク北部もまた緑豊かな地域であり、国内の森林面積の70%が集中する地域でした。

また、恵まれた自然によりモザンビークで最も農業に適した場所と言われ、人口が最も多い地域でもあります。その住民の大半が自給的な農業を営む小農であり、また農地の99%を地元小農が耕作する地域でした。しかし、日本とブラジル政府は「広大な未耕作地が残っている」「地域の農家は伝統的な粗放農業しか知らないため土地が有効活用されていない」として、「プロサバンナ事業」を計画し、これを進めました。

モザンビーク北部のミオンボ森 土地収用で伐採された森

「誰のための開発なのか?」犠牲を伴う経済成長優先

実は、「プロサバンナ事業」は日本政府による「ナカラ経済回廊開発計画」傘下の農業開発事業として位置づけられてきました。生産した大豆など農産品を、海外市場に向けて輸出するためには、植民地時代の不十分で老朽化したインフラ整備を行う必要がありました。これが、「ナカラ経済回廊開発計画」です。

モザンビーク国ナカラ回廊地球におけるJICAの協力

モザンビーク北部内陸にある石炭、そして「プロサバンナ事業」で新たに生産された農産品を輸送するため、東西に横断するナカラ回廊の道路・鉄道・港湾設備網の整備に乗り出したのが、日本政府・JICA・三井物産(ブラジル・ヴァレ社との共同事業)・JBIC(日本国際協力銀行)・NEXI(日本貿易保険)など日本の官民でした。

そして「ナカラ経済回廊開発計画」をあてにした、大豆の大規模生産を狙うグローバル・マネーとモザンビーク政府高官らが結びつくことによって、ナカラ回廊沿い地域で広大な面積の森林が伐採され、また土地が買い占められつつあり、農地を失う小農が続出しています。

「日本の援助、要らない」
事業中止を訴えるモザンビークの人びとがいる

そこには 400 万人にのぼる小農が暮らし、モザンビークの他地域に比べ恵まれた土地・水・気候で、地域社会や全国、時に周辺諸国に農産物を供給してきました。そこをひとつの事業で「開発」しようするのはあまりに乱暴で、地元の家族経営を主体とした農業や生活、環境を根本から破壊してしまう危険をはらんでいます。

事業に関わる大きな問題

モザンビークの小農が反対する3つの理由

1.住民(小農)に何の説明も協議ないままに始まった事業

「プロサバンナ事業」は2009年9月に3カ国合意、事前調査等を経て2011年から柱事業が展開し、2012年には企業向けの投資促進セミナーや融資事業が開始しますが、地域の圧倒的多数を占める小農は蚊帳の外で、何も知らされもせず、また協議に呼ばれもしませんでした。

事業実施者は「対話を行ってきた」と言いますが、農民組織側から説明を求めるまで、一切、相談や説明はありませんでした。


2.投資促進による土地収奪の危険性

JICAは「中小農民40万人に直接の恩恵が及ぶ」と謳っていますが、当初計画どおりに事業を進めれば、相当数の農民の土地が収奪されると予測されていました。 実際に「プロサバンナ事業」の対象地で、モザンビークの当時の大統領が所有する企業とブラジルの大豆企業が、大規模な大豆プランテーションを作るために数千人の住民を追い出し、森林伐採と土地収用を開始しました。

そして、「プロサバンナ事業」のマスタープラン報告書(2013年3月)では、「住民の非自発的移転を伴う農業開発事業」として6つのプロジェクトが準備されていることが明らかにされました。実際に、プロサバンナ事業の一環で進められていたパイロットプロジェクト(DIF)の融資と支援を受けていた地元企業(マタリア社)による土地収奪の実態が明らかになりました。

プロサバンナ事業下の土地収奪

3. 森林破壊、「農業の近代化」、遺伝子組み換え種の導入への危惧

当初から森林豊かなモザンビーク北部を「不毛の大地・セラードと類似」と称して、森林の存在を過小評価するとともに「有効に使われていない土地」に挙げてきました。また、小農が森と畑を融合させて生産している実態を「粗放農業」であり、土地を無駄に使っていると批判、固定された畑での品種改良種と化学肥料を導入した生産を「持続可能」として進めました。しかし気候変動の影響が強まる中、このような「近代農法」の問題は国際的に認識され、そこからの脱却の重要性が国際的科学技術検証委員会(IAASTD)や国連小農権利宣言によって指摘されています。また、種子や化学肥料を購入し続けなければ生産できない手法を押付けることへの反発も広がっています。

時代にも環境変化にも不適切な手法への転換を強いるプロサバンナ事業がもたらす様々なリスク(健康上のもも含む)が懸念されています。

これまでの活動によって何が変わったのか

モザンビーク最大の小農運動UNAC(全国農民連合)による2012年10月の反対声明、11月の当会の設立メンバーを含む日本のNGOや市民による政策提言活動の開始、3カ国市民社会の連携に基づく3カ国でのアドボカシー活動の展開を経て、「プロサバンナ事業」は徐々に変化してきています。

日本の援助をめぐり、遠いブラジル、アフリカで起きてきた問題が、日本の内外でも知られるようになり、「プロサバンナ事業」への関心も高まってきました。その結果、事業実施のためのファンドが設立されたものの運営に至らず、また日本企業やブラジル側のアグリビジネスの関心が失われました。

本来2013年完成予定であったマスタープランですが、上記の通り、小農の権利を犠牲にしたプロジェクトを多く含み、また小農の農法を「低生産」「環境破壊につながる」と非難し、2030年までに「近代化」させると書かれていたこともあり、3カ国だけでなく、世界中から非難を浴びました。

2012年 農民たちが事業反対を表明

2012年 農民たちが事業反対を表明

モザンビークの小農らは、日本やブラジルのコンサルタントによって書かれたマスタープランは、自分たちの実態や望むものとほど遠いため、一旦破棄し、ゼロから共に作成しようと呼びかけてきました。

これを受けて、日本政府とJICAは、破棄は無理であるが、地域の小農や市民社会との「対話」を踏まえてマスタープランを修正すると宣言しました。しかし、この時からモザンビーク政府からの人権侵害は強まっていくとともに、「存在しない」といわれていたマスタープラン・ドラフトが、実際には日本人コンサルタントの手ですでに作成済みであったことなど、偽りのやり取りが続いてきました。

活動から明らかになったこと

2015年3月、突如として、このドラフトが、モザンビーク農業省のサイトに公開され、これに関する公聴会が農村部で2週間後に開始されることが発表されました。つまり、農民らが中身を十分に把握することも意見をまとめることもできない手法での「公聴会」が、強行されたのです。さらには、当会とモザンビーク小農運動・市民社会組織との合同調査により、「公聴会」への参加者の大半を与党や政府関係者が占め、農民の参加はごく僅かで、武装警官の同席や反対意見が弾圧される中で進められたことが分かりました。一方、反対意見を表明した人びとには、地元郡政府による身体拘束や脅迫が行われました。

日本の市民社会は、こういった現地農民の声を伝え、実情を明らかにし、援助者としての関わり方を是正するよう求めるために、外務省・JICAとの意見交換会や声明の提出、国会議員への情報提供や共同調査、勉強会や院内集会、市民向けイベントなど、様々な活動を実施してきました。

しかし、JICAへの情報公開請求で事業の実態や情報を得ていく中、JICAが、反対する地元の小農運動や市民社会組織及びこれらを支える日本やブラジルの団体の「勢力を弱める」「信用をおとしめる」ことを目的とした『コミュニケーション戦略書』を2013年8月に作り、これを実践していたことが、2016年2月に明らかになりました。実際に、2013年8月以降、事業に反対する現地の人びとの間で、現地政府関係者やJICAコンサルタントによる人権侵害や分断介入などの事件が頻発してきました。

開示請求の結果、JICA側から提出
              された文書の1ページ

情報開示請求の結果、JICA側から提出された文書の1ページ。全て黒塗りで、情報を隠している

2016年4月には、内部告発者のリークによって、JICAが日本の税金を使って、モザンビーク市民社会を秘密裏に調査し、その立場によって四色に色分けする調査を行い、その結果に従ってプロサバンナ事業を強行しようとしていたことが判明しました。例えば、強固な反対者は「赤色」で「無視して良いグループ」、JICAが同盟を組めそうな相手は「緑色」に塗られました。そして、実際にJICAは、「緑色」のグループの団体との間で、半年間で2200万円ものコンサルタント契約を締結しました。

JICA契約コンサルタントによる中間報告書

2016年12月、このコンサルタント契約団体の代表は、契約事実を伝えることなく、日本政府とJICAがアレンジした地元新聞とのインタビューに登場し、反対を続ける(「赤色」の団体)を誹謗中傷し、プロサバンナ事業への賛同を表明しています。

モザンビークの行政裁判所での「違憲」判決

このような中、モザンビークの事業対象地住民12名は、2017年4月、JICAの環境社会配慮ガイドラインに基づき、異議申立を行いました。同時に、モザンビーク弁護士会が、プロサバンナ調整室を所管するモザンビーク農業省を、マプート行政裁判所に訴えました。前者は11月に「ガイドライン違反なし」との結論を発表する一方で、「JICAに非がないわけではない」「申立人の訴えに立脚した対応を」との提言を行いました。

それから半年後の2018年8月、マプート行政裁判所は、弁護士会の訴えを全面的に認め、プロサバンナ事業が「国民の知る権利」というモザンビーク共和国憲法の根幹にある主権在民の原則に不可欠な人権を侵害したとの「違憲判決」を下しました。

これに基づき、日本としてこの事業に関与することを即刻中止すべきだとのモザンビーク小農運動をはじめとする3カ国の市民社会の訴えに耳を傾けることなく、外務省・JICAは「モザンビーク国内のこと」「行政機関同士のこと」として、モザンビーク憲法に保障された司法権の重みを無視し続けています。そのため、2020年2月19日の国会議員主催勉強会では、「現地司法に違憲であり、正当性がないとされた事業に、日本がこれ以上加担することは許されず、傷をこれ以上深める前に撤退せよ」との指摘が相次ぎました。

日本の援助が真に小農のパートナーとなるために

このように、「プロサバンナ事業」は、当初懸念された住民・小農の主権者としての権利の無視、土地収奪や環境破壊等の問題のみならず、それらの問題を指摘したり、事業に異議を唱える人びとの人権侵害を誘発させ、社会介入まで引き起してきました。一部、当初計画が阻止されたり、ブラジルのアグリビジネスの関与が中止されるなどの成果も出ましたが、現地裁判所が違憲判決を下してなお、事業が続いているのは、日本の税金投入が続いているからです。

モザンビークの小農運動や市民社会組織は、プロサバンナ事業の問題は援助を強行する日本政府の問題であり、これを税金で支える日本国民や住民の問題であるとの理解に至りました。彼らがモザンビークから毎年のように来日しているのは、もはや現地ではこの問題が解決できないためです。日本を含む3カ国の市民社会組織は、日本政府とJICAに自らの責任において「プロサバンナ事業」を直ちに止め、ここから教訓を導き出し、真に小農のための援助を小農主導で実現することを要請しています。